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アンナ・カヴァン「氷」ー 世界は破滅するが、それはさて置き少女を追いかけまわす

アンナ・カヴァンの「氷」は「バーナード嬢曰く。」という漫画の3巻で紹介されていて読みました。書評ブログを始めようとするにあたって漫画の話をするというのも変な感じがしますが、この漫画は作者自身の小説に対する溢れる愛が、魅力的な登場人物を通して語られていて、次に何を読むか迷った時にパラパラめくるのに最適です。その中でも神林というその道のマニアが語るSF小説のジャンルでは、そんな本があったのか、という発見にいつでも出会うことができます。

 

そもそもアンナ・カヴァンSF小説の作家なのか

 アンナ・カヴァンSF小説の作家に分類することができるのかという問題は、そもそもSF小説とは何なのか、という問いに立ち返らざるを得ず、「バーナード嬢曰く。」の中でもそんな(SF小説の)定義づけに荒れる話があるのですが、意味のある議論にはなりにくいのではないでしょうか。その辺を突き詰めてしまうと、例えばカート・ヴォネガッド・ジュニアやホルヘ・ルイス・ボルヘスJ・G・バラード等をどう考えるのかなどの話にもなってしまいます(SF要素を含む舞台だての好き嫌いは別れるので、ある程度内容を把握するのは有意義かもしれません)。それで言うと、アンナ・カヴァンがSF的な小説を書いたのは、むしろ例外的だったようです(「氷」はこの作者の代表作であり、死の前年に発表されたものです)。そして、世界が寒冷化していって刻々と破滅に向かうという十分にSF小説的な背景にありながら、主人公が行うアルビノの少女を世界中追いかけまわすという極めて個人色の強い行動が描かれます。

 なお、序文にもアンナ・カヴァンを小説の歴史のどのジャンルに分類するかという話が触れられていますが、完結部分のネタバレを含んでいるので、最後に読むことをお勧めします。

「氷」について

 「氷」において主要な背景的構成要素は世界の急速な寒冷化にあります。正確には語られませんが、おそらく核爆弾の使用などの人為的な要因であることが示唆されます。登場人物は主に、アルビノの少女、それを世界中追いかける主人公、崩壊後の世界の権力者である長官の3人のみです。それぞれが密接に関連しあい、世界の崩壊という圧倒的な現実にも当然直面していくのですが、どこかそれさえ二義的な問題のようであり、語られるのは多くが個人の問題です。描写における圧倒的な美しさが、登場人物の個性への違和感、世界観の救いのなさをカバーしています。いわゆるディストピアものと言えるでしょう。

カモメが一羽、間近をかすめ飛び、叫び声を上げた。いつか海に着いていた。 私は潮の香りを嗅ぎ、暗い波の彼方の水平線を見わたした。氷の壁はどこにも見えない。だが、空中には氷の死の冷気が満ちており、氷がさほど遠からぬところにあるのは明らかだった。 P.231

総評

 非常に強くお勧めします。

氷 (ちくま文庫)

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