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スタニスワフ・レム「ソラリス」 ー まさにSF

久しぶりに読み返しました。難解な、まさに王道といった感じのSFです。どちらかというとアンドレイ・タルコフスキーが映画化した「惑星ソラリス」の方で有名かもしれません。僕は見ていませんが。

 

この小説の主題は未知のものと遭遇することです。ソラリスは連星の太陽を持つ惑星で、一面を海のような有機物で覆われています。通常、連星の太陽を持つということは公転周期が安定しないはずなのですが、ソラリスの軌道はなぜか安定している、どうやら海の重力ポテンシャルの変化がそれをもたらしているのではないか。それではまるで、恒常性維持機能を持つ生物のようではないか、ということが語られ、そしてそれを調査する研究者である主人公がステーションに赴任するところから話が始まります。

 

「人間形態主義」

 ソラリスが果たして生物と言えるのか、本当に公転軌道を安定させるほどの演算能力を持つのだとすれば、その知的水準は相当高いものになるはず、地球の研究者たちはどうにかしてソラリスとコンタクトを取ろうとします。

 ところで上でも「海のような」とか「生物のような」という言葉を使っていますが、作中で何度も出てくるキーワードに「人間形態主義」があります。これはどうやら、未知のものとの遭遇にあたって、それを人間と対応可能なものだと考えてしまう、一種の心理的バイアスのことを指しているようです。これは人間で言うところの脳に当たるだろう、とか、この行為は人間に当てはめれば悪意の存在を意味するだろう、とかそういうことです。「人間形態主義」はある程度人間と相似性を持つ他者との交渉に対しては、相互理解の助けになると考えられますが(スタートレックのミスター・スポックみたいに)、全く未知のもの、人間と似ても似つかないものとの遭遇にあたっては、かえって物事を歪めて見ることにつながるかもしれません。端的に言ってしまえば、地球人とソラリスのコンタクトは思うようにいきません。それは、意志を持っているようでもあり、人間の働きかけに反応を示すようでもある、しかし次の時にはそんな素振りさえないようでもあるのです。そのことの一番の現れがお客さんの登場です。

 

「お客さん」

 ステーションにいる地球の研究者の元に現れるのがお客さんです。お客さんが誰になるかは人によって違うのですが、どうやら記憶の中の抑圧された部分にある人物になるようです。主人公にとっては、若い頃に死なせてしまった恋人でした。お客さんは、取り付く相手の記憶によりお客さん自身の認識を含めて構成されていて、自分がソラリスに生み出されたものであることも知りません。ここでソラリスのもう一つの主題が提起されます。「人間とはどう定義されるものなのか」という問題です。彼女は主人公の記憶により作られているので、当然主人公にとっては記憶にある彼女そのもので、彼女の自己認識もそうあります。彼女がソラリスに作られたという事実により、それでお客さんが彼女ではない理由になるのか。前述の人間形態主義であげましたが、人間との相似性を用いて他者を測ることの不可能と合わせて、そもそも相似性を見出すべき人間とはどのようなものなのか、という問題までここにおいて生じます。

 さらにこのお客さんが、どのような意図でソラリスからもたらされたのかという疑念も作中で頻出します。これもまた人間に特有なのかもしれない善意や悪意になぞらえていると言えるのですが、人間はその他者に意図さえあるのか分からずとも、現前する状況に対処しなければなりません。

過去にあったことは、いまはもうない。それはもう死んでしまった。でもね、ここではきみを愛しているんだ。

引用がロマンスみたいになってしまいましたが、コンタクトやお客さんが最終的にどうなるかはここでは触れません。読みやすい小説ではないですが、是非手に取ってみてほしいです。